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品種から開発。全く新しい酒米で醸した日本酒「沢の鶴X01」

お酒

300年前に兵庫・灘五郷で米屋の副業として創業し、米にこだわった酒造りを続けている沢の鶴は、その理念から、米を生かしながら“もっと新しい価値観を持った日本酒を造る”ため、新しい酒米づくりの機会を探っていました。その沢の鶴の想いと“日本の米作り、日本の農業を変えたい”というヤンマーの想いが一致し、「沢の鶴×ヤンマー 酒米プロジェクト」が発足。多くのチャレンジを経て、2018年2月に純米大吟醸酒「沢の鶴X01(エックスゼロワン)」が誕生しました。今回は、まだ世に出ていないDNAを持つ新しい米で酒造りに挑む、沢の鶴取締役・製造部部長兼総杜氏代行の西向賞雄さんにお話を伺いました。

米屋が原点、300年続く“米にこだわる”酒造り

日本一の酒どころと称される灘の地で沢の鶴が酒造りを始めたのは1717年(享保二年)、なんと八代将軍徳川吉宗が大岡越前(忠相)を江戸南町奉行に登用した時代です。米屋の副業として「※」のマークを掲げて酒造りを行い、米・水(宮水)・人(丹波杜氏)とともに、灘本流の酒造りを300年貫いています。

日本酒は米の旨みや特性が直接味に反映することから、酒蔵はお米の産地選びはもちろん、お酒の品質を一定に保つため、年ごとの稲の生育状態にまで細心の注意を払っています。「米を生かし、米を吟味し、米にこだわる」という理念を持つ沢の鶴では、社員が生産者の方と一緒に田植えや刈り入れを行う交流も実施。そして、米の質や価格に配慮した飲み飽きしない純米酒(原料は米・米こうじ・水のみ)を提供し続け、純米酒売り上げNo.1になりました。

※インテージSRI調べ純米酒(特別純米酒含む)2017年1月~12月累計販売金額(全国スーパーマーケット/CVS/酒DS計)

農業の未来を切り拓く可能性を持つ“新しい酒米”

一方でヤンマーは、創業以来トラクターやコンバインなど米作りに欠かせない機械の製造・開発を行い、農業と密接に関わり続けてきました。近年、日本国内での米の需要低下や後継者不足などが問題視され、より健やかな農業の未来を模索する中、日本酒の原料となる「酒米」の開発に注目したのです。

海外での日本食ブームを受け、日本酒の輸出額は毎年右肩上がりの成長を見せています。その日本酒の原料となるのが酒米。ヤンマーは新しい酒米の開発を行うことで、農業や日本酒を取り巻く産業の発展、さらには食卓にも新たな未来を切り拓くことができるのではと考えました。

そのような中、「新しい酒米を作りたい」というヤンマーの想いと、米に対する強いこだわりを持ち、酒米の品種開発に強い関心を持っていた沢の鶴の想いが見事に共鳴。前代未聞の「沢の鶴×ヤンマー 酒米プロジェクト」が発足することとなったのです。

酒米の王様・山田錦と並ぶ “全く新しい品種”を求めて

日本酒造りにおいて圧倒的な人気を誇り、まさに酒米の王様ともいえる品種が山田錦です。味わい深く香り豊かなお酒ができることから、品種の誕生以来80年もの間“酒米トップ”の座に君臨し、沢の鶴でも山田錦を使った多くの名酒を生み出しています。その一方で近年、山田錦は米粒の内部に亀裂が入る“胴割れ”が起こりやすく、精米の過程で割れてしまうなど、酒蔵にとって少し扱いが難しい現象が発生していました。

「今まで酒蔵は、生産者から届いたお米で日本酒を造り続けてきました。ですが、今回は酒蔵からヤンマーさんへ『胴割れが少なく、たんぱく質の含量を少なくしてほしい』などと伝え、その要望にあった米を供給してもらえたのが重要でした」と話す西向さん。

ヤンマーの持つ研究機関「バイオイノベーションセンター倉敷ラボ」のメンバーが中心となり、名古屋大学が持つ遺伝資源から沢の鶴の要望に合った種子を選定。選ばれた酒米を沢の鶴にて試験醸造するという作業を繰り返し行い、X01の原料となる酒米が誕生したのです。

「酒蔵一社では酒米の品種開発にまで踏み込むのは非常に難しく、酒米プロジェクトとしてヤンマーさんとタッグを組まなければ実現できなかったでしょう。近年、日本各地でも県が中心となって酒米の品種改良を行っていますが、沢の鶴も山田錦を使った酒造りは続けつつ、新しい価値観を持った酒米作りをいずれはやるべきだと考えていました。今回、品種開発を経てX01が完成したことで手ごたえを感じています」。

小ロットで試験醸造ができたからこそ実現可能に

X01原料米(2018年品種登録申請、2020年登録予定)は山田錦と異なり、硬さがあって醪で溶けにくい品種。その特徴を最大限に生かし切った酒造りを行うには、何度も試験醸造を行う必要があります。多くの酒蔵は大きなロットでお酒を仕込みますが、沢の鶴はX01のような新しい酒米を使った小ロットでの試験醸造も受け入れが可能。この幸運な出会いがあってこそ、今回の酒米プロジェクトを進めることができたのです。

「米の品種選定の段階で、長年の経験からある程度『どのように仕込めばよいか』は読めます。よって、米が硬いなら硬いなりにできることがありますし、溶けやすくする方法もあります。ただし酒米として良いものかどうかは、実際に日本酒として仕込んでみないとわからないのです」と話す西向さん。

お酒をしぼった直後、出来立ての沢の鶴X01を試した若い社員から「こんなお酒の仕上がりで大丈夫ですか?」という声もあがりましたが、西向さんは長年の経験から「大丈夫、これから香りも味も乗ってくるから」と回答。しぼってから10日もすると実際その通りとなり、豊かな香りと味を持つX01が完成しました。

米の磨き具合がお酒の香りと味を決める

日本酒造りにおいて、酒米の種類が変われば香りや味が変わるのはもちろん、“酒米を磨けば磨く(削る)ほどおいしいお酒ができる”とされています。

これには、米の成分が大きく関係しています。米の中心にはでんぷん質が多く、表層にはたんぱく質や脂質、ミネラルを含んでいます。私たちが普段食べている白ごはんは、たんぱく質や脂質を旨みと感じるため精米歩合は92~93%。ただし、たんぱく質などはお酒にすると雑味になってしまうため、米の表面から30%以上磨き、極力これらの成分を減らす必要があるのです。

※酒米を磨いた後の赤ぬか(玄米の表皮から内側10%)は米油や肥料・飼料に、中白(10~20%)はペットフードに、長白(20%~)は米菓子にと、無駄なく使われています。

X01原料米は、まず玄米から30%磨いて仕込んでみたところ、山田錦よりたんぱく質が多いことから雑味が残ってしまいました。そこで、米を50%まで磨いた純米大吟醸酒※として仕込むことで、香りと味わいが豊かな日本酒が完成。純米大吟醸酒なのであえて熟成を経なくても商品化できました。

※精米歩合が50%以下の純米酒のこと。60%以下のものは純米吟醸酒、それ以上のものは純米酒と分類されています。

● X01原料米(50%精米)

● 山田錦(50%精米)

「今後、より米のおいしさを引き出すために、あまり磨かなくても良いお酒が仕込めるような酒米ができたらいいな、という夢がありますね」と話す西向さん。

お酒から料理までがスムーズに流れる味わい

食事中においしく飲めるお酒を目指して作られたX01。芳醇でフルーティーな香り、そして上品な甘みとふくらみのある味わいを持つ純米大吟醸酒であるため、冷やしすぎるとその香りと味の豊かさが感じにくくなってしまいます。唎酒師さんによると、通常の純米大吟醸よりも少し高く、15℃近辺で飲むのがおすすめだそう。

また、日本酒は白身魚のような淡泊な旨みをもつ料理との相性が良いとされていますが、X01はマグロでもほほ肉のような脂の乗った部位や、すき焼きのような濃い味の料理と合わせるのもおすすめ。香りが勝ちすぎるお酒だとお箸が止まってしまうことがあるものの、X01はお酒の味から料理の味までがスムーズに流れる、食事に合わせやすい純米大吟醸酒に仕上がっています。

「沢の鶴X01は、この酒米プロジェクトのベンチマーク(基準点)として完成させたお酒で、さらに良いものを作るため、現在原料米の選定をしています。2018年の春に田植えをして秋に収穫したお米を使い、更に進化したお酒を第2弾として世に出すことが出来ればと思っています」と話す西向さん。

まだスタートを切ったばかりの「沢の鶴×ヤンマー 酒米プロジェクト」ですが、これからの日本酒と米づくりの未来を変える可能性を持っています。沢の鶴X01の味と今後の展開に、みなさんもぜひご期待ください。